TOP>> 乳児院の天使 シスタージャポネ
シスター ジャポネ −乳児院の子どもたちのオカアチャン 
ここセネガル共和国 ダカールにある乳児院 (Pouponnière)を訪ねました。

(2004年10月15日 訪問)

 ここはセネガル共和国の首都 ダカールにあるフランシスコ修道院に併設されている乳児院です。ダカールの喧騒と活気のある街中に静かな敷地が広がっています。乳児院のことををフランス語ではPouponnièreといいます。プーポニエール。なんだかやさしい響きです。


     
 

今回この乳児院を案内してくださったのが、Ma Soeur Tamaki(シスタータマキさん)。


1982年からダカールの修道院に派遣されて以来、こちらでのお勤めはすでに20年以上。80年からパリへフランス語の習得のため2年住んだそうですが、ダカールにきてからもこのフランス語との格闘の日々。お祈りのたびに独り涙をぬぐう毎日だったそうですが、今はもう日本語よりもフランス語の単語が先にでてくる感じです。年月の重みを感じます。


もともとは萩出身。聖母病院で看護師さんとして働き、その後は札幌の天使助産婦学校へ。卒業後1年そちらで助産師として働いたあと、神様とご結婚され、シスターさんになられたそうです。故郷にいた頃はとにかく都会にでたくてしょうがなかったそうですが、数十年後ここアフリカの地の大都会ダカールに二十年以上住むとは予想していなかったでしょうね。



さて、ここダカールのフランシスコ修道院では、十数名のシスターさんがいらっしゃるそうです。シスターさんの出身地はというと、なんとインド、フィリピン、フランス、ポーランド、ブルキナ、ザイール、ニジェール、マダガスカル、インドなど様々な国があげられました。そのマルチナショナルな構成に驚き!!! しかし、シスタージャポネといえばこの方。日本人のシスターさんはダカールではおひとりだそうです。



 乳児院では早速小さい命が迎えてくれました。1100グラムの赤ちゃんです。こんなに小さくても保育器なしで元気に育つそうです。 これまでで一番小さな赤ちゃんは800グラム。その子も毛布にくるまれて大きく育ったそうです。強い生命力ですね。

今飲んでいるのは鉄剤とそしてマラリアの予防薬。
窓はすべて網戸で覆われているし、各ベッドには蚊帳がついていますが、戸口などから蚊が進入するようで,まれにマラリアにかかってしまう子がいるそうです。
ダカールに住む私としては、こんな都会にハマダラ蚊がいるの?と驚いてしまいました。










廊下のつきあたりがが遊び部屋。希望の光がさしているよう。手前が月齢ごとに分かれた子どもたちのベッドがならぶお部屋。

      


この明るい遊び部屋では、同じ月齢の子供たちが近くのお布団でゴロゴロ。起きている子あり、ねんねしている子あり。それぞれの時間を過ごしています。



 ボランティアできているフランス人のおばさんもかわるがわる起きている子を抱っこしてあげていました。


 抱っこされると、どの子も本当に嬉しそう。安心するんですね。この時間はご飯前なのでおなかがすいている子も多かったと思いますが、泣いている子もだっこするとすぐに泣き止みました。


   


  

   シスタータマキもダッコして語りかけ。   お隣さんと遊んでいます。


 さて、この乳児院でのもう一人の主役は、赤ちゃんのお世話の仕事をする二十歳前後の娘さんたち。毎年25名前後の娘さんを新たに受け入れています。地方出身者を優先して受け入れているそうですが、ちょっとしたテストもあるそうです。2年間のプログラムの中で、彼女たちは裁縫、料理、フランス語などを勉強します。このほか乳児院での赤ちゃんのお世話をする仕事をOJTで学び、事務などの受付の仕事(電話の応対など)も担っています。3グルーープに分かれて、これらの仕事と勉強とがこなせるようローテーションを組んでいます。人材を養成しつつ乳児院を運営していくとなかなかうまく考えられたシステムですね。


 現在地の乳飲み子のいる私にとってやはり興味ひかれるのは離乳食のメニュー。曜日ごとにメニューが決まっています。例えば、日曜日の午前11時のお献立はというと、お米とお肉、ほうれん草の煮込んだもの。私が訪問した日は、金曜日の11時頃でしたので、今日の献立はお米、お魚、ほうれん草の煮込んだものでした。ほうれん草はやはり苦手な子も多く、泣き叫んで抗議している子もいた!

こちらで赤ちゃんのお世話をしている女性は、この10月に乳児院へやってきた新米さんたちなのです。タマキシスターも指導に熱が入ります。


 


      
        笑い顔と泣き顔が交差する。  

    彼女たちは明日のセネガルを担う若き人材。2年のカリキュラムの後、主に外国人家庭のお手伝いさんとして働く人が多いのだとか。失業率が高いといわれるセネガルでも、ほぼ100%に近い数字で就職先がみつかるのだそう。ちなみに我が家の優秀なお手伝いさんもこちらの卒業生でした。もうひとり同郷の友人は、我が子が通う幼稚園のベテラン先生になっています。多くの人材を輩出しているなと実感しました。


 
    ↑赤ちゃんが沐浴するところ。          ↑ 2階が娘さんたちの寮。1階が調理実習のためのキッチンやクラスルーム。


  今回の訪問で学んだことは2点ありました。
まず、乳児院にいる赤ちゃんの数より、養子縁組を希望する人の数が多いという点。こちらの乳児院にやってくる子は、いわゆる「捨て子」のケースが2割。大抵は出産時の出血多量などの困難から母親を亡くしたケース。8割だそうです。母親がなくなると、後は男手しかいなく今後の養育が困難な場合や、経済的な理由で養育が困難となりこちらの乳児院にやってくそうです。この子たちは裁判所などの一定要件を満たした後、里親のもとへと巣立っていく。養子縁組を希望する方は、セネガルの家族もなかにはいるのですが、主にフランスの家族が多いそうです。自分の子どもも2-3人いても、養子縁組を希望する方もいて、同じカトリックの博愛の精神が強いのだとタマキシスターは説明されていました。差別や偏見もあるだろうに、養子縁組を希望され、その子を他の子と分け隔てなく育てていくのは容易ではないと思います。確固たる信念がなければ出来ません。私はこのあといろいろ考えがめぐってしまい頭がパンクしそうになりました。

  もう一つ勉強させていただいた点は、乳児院は二重の意味で人材を養成しているということ。赤ちゃんは日々大きくなり、明日のセネガル(いや世界か?)に旅立っていきます。若い娘さんたちは、ここで生命を営む訓練をつみ、また明日のセネガルへと糸を紡いでいくのです。こういう協力っていいなぁと、風にはためく布オムツの洗濯物を横目でみながら深く感じたのでした。


お忙しいところ詳しくお話いただいてありがとうございました。Ma soeur tamaki.,